こらーるだより

8月号☟


8月号目次

P1P5

 患者中心の精神医療をめざして  加藤真規子 

 

P6P8

 津久井やまゆり園、障害者虐待防止法、優生保護法 大曽根清美

 優生保護法について印象に残ったこと C.M

 新人のごあいさつ 髙橋良憲

 こらーるたいとう社会見学 工藤恵

 「プラスチョイス」に見学に行って  K

 社会見学 綱嶋

 プラスチョイスを見学して Y.T

 「万引き家族」を見て 尾木眞也

   


8月号本文

P1~P5

患者中心の精神医療をめざして

 特定非営利活動法人こらーるたいとう

 加藤 真規子

 

 私の体験

  1970年代初頭のことだ。私は高校生。しかし中学時代に散々顔のことで激しい苛めにあったために、ひきこもりが始まっていたので、全く高校に通学していなかった。それを心配した両親がある精神科へ私を連れていった。その精神科の医師は「精神分裂病なのか、思春期の問題なのか、1回や2回診ただけではわからない。ただひとつ言えることは、90%以上の人がやることだからと言って、無理に高等学校へ行かせたらもっと大変なことが起きるかもしれない」と両親に言ってくれた。驚いた両親は、その医師のアドバイスを受け入れてくれた。

 

 私はものすごい健康優良児の優等生で飛ばしていたから、自分がなんでこんなふうになってしまったのかと、周囲を責めた。一番母親を責めた。自分でもこんなことやっていたら駄目になると思って、西武池袋線沿線にある精神科病院に自ら希望して入院した。

 

 私が小学2年生の時に、父がアスピリン系のカゼ薬をのみ、黄疸になり、郊外にある、元は結核病院であった、一般病院に2~3ケ月入院したことがある。小学生の私と母は、ジューサーを買って、母がつくった野菜ジュースを、西武線に乗って、東吾野の山の中腹にある病院へ毎日のように運んだ。長期に療養するため入院する病院とはこういうものだと私は思っていた。精神科でも同じだと私は想像していた。しかしそれは全く違うものだった。「こんなところにいたら本当に病気になる」と、私は大泣きをした。婦長が飛び出してきて、鍵をあけてくれた。自らいい出したことなのに、私は世界から自分を全否定されたような気持ちに陥った。

 

 あれから50年たち、日本の精神医療の劣悪さは増々深刻になっている。激しい憤りを禁じ得ない。

 

  2.日本の精神医療

  日本の精神医療の専門性とは何なのか。患者は楽になりたくて治療すること、まして入院することを受け入れるものだ。ところが楽になるどころか、人生を奪われてしまう。

 

 精神科特例は従事者にも抑圧となってきたといえる。患者さんと信頼関係を構築しないと治療関係は成立しないにもかかわらず、そのゆとりもない。研鑽する時間やお金も保証されない。これでは患者さんがよくなるわけがない。一般医療から見たら、これは患者さんではない。患者さんとしての処遇を受けてはいない。しかも数ケ月とか1、2年ではない。10年、15年、あるいはそれ以上、そうした処遇を受けてきた。これは人権被害の他のなにものでもない。

 

 狭い部屋に、隔離・収容で、閉ざされ、行動制限がかかり、向精神薬等服薬は管理されている。そんな日常でどうして心身共に健康な状態でいられるだろうか。精神病は落ち着いたが、心筋梗塞等の心臓疾患、肝臓疾患、糖尿病などの内科疾患を抱える人々は大変多い。医療法の精神科特例にある一般病床では精神病の人をケアすることはできない。「ここが痛い」「ここが変だ」と精神病の人が訴えることを、専門職の人々は親身に受けとめなくてはならない。私自身も、これは肝に銘じていることだ。

  

3.身体拘束について

  精神科病院で身体拘束を受けている患者が10年前の2倍となる1万人を超えた。相次ぎ死亡事故まで起きている。

 

 入院患者の処遇ルールでは、身体拘束は、原則は本人の生命保護・身体損傷の防止のため、やむを得ない場合に限る。判断者は指定医が必ず直接診察して、理由などの告知は患者に知らせる。条件は①定期的な会話などで注意深く観察。毎日1回以上の医師の診察。適切な医療衛生の確保、複数患者の同室は禁止。②常時の観察、頻回の診察。適切な医療と保護の確保。特別に配慮した衣類か帯を使うことだ。

 

 身体拘束にせざるえない場合はほかに、よい代替方法がないときである。①自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合。②多動又は不穏が顕著である場合。③①または②のほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合に限る。

 

 2017年5月17日に、日本で英語教師として働いていたニュージーランド人のケリー・サベジさん(享年27歳)が、精神科病院大和病院で10日間に及ぶ身体拘束ののち、亡くなった。脳塞栓症が起きたと推定された。

 

 「なぜこういう問題が起こるのか、起こす構造は何なのか、一緒に考えて下さい」と「精神科医療の身体拘束を考える会」の長谷川利夫代表は呼びかけている。またネット署名「精神科医療における身体拘束の状況の改善を求める」は、「息子の死を無駄にしないために日本の精神科医療の身体拘束を見直して下さい」と訴えている。ネット署名の宛て先は安倍晋三内閣総理大臣、加藤勝信厚生労働大臣、塩崎恭久元厚生労働大臣である。

   

4.身体拘束によって起きた主な精神科医療の重大事件

 

 近では千葉県の石郷岡病院事件がある。2012年1月、保護室隔離中の男性患者(当時33歳)が重体になった。転院して診断を受けると首の骨が折れており、2年後に肺炎で死亡した。家族側で実施した証拠保全で、看護職員2人が頭部を踏みつけている映像記録を確認することができる。警察は2015年7月になって傷害致死容疑で、ともに60歳代の准看護師の男性2人を逮捕した。検察は「患者の人間性を踏みにじった」として、懲役8年を求刑したが、千葉地裁は1人を暴行罪を適用して罰金30万円(求刑・懲役8年)、1人は無罪とした。検察は控訴し、2018年3月9日東京高裁にて控訴審の公判が始まった。

 

 石郷岡事件のほかに、埼玉県の朝倉病院事件がある。指定医の指示なしで手足を拘束する。大部屋に外から施錠する。同意能力のない認知症患者を多数、任意入院にするといった違法行為のほか、看護師に患者を選ばせて、高額の医療費がかかる中心静脈栄養を多数の患者に行い、感染症による死亡が続出した。病院は2001年7月に自主廃院した。東京都内のホームレスの患者を多数入院させていた病院だった。

 

 新潟県の国立療養所犀潟病院で1998年5月、指定医の診察なしに看護師の判断で違法な身体拘束を受けていた女性患者(51歳)が、吐いた物をノドに詰まらせて窒息死した。担当医はそのつど診察せず、不穏時などに隔離・拘束をするよう、包括的な指示を出していた。

 

20018月に発覚した大阪府の箕面ケ丘病院事件は、内部告発を受けた大阪府の抜き打ち調査で、患者3人への違法な身体拘束が確認された。うち1人は病棟のデイルームに腰ヒモでつながれて寝起きし、食事や用便もそこに置いたポータブルトイレでしており、他の患者から「ポチ」と呼ばれていた。2002年に、病院は自主廃院した。

 

 大阪府の貝塚中央病院で2008年1月、指定の指示なしで身体拘束を受けていた男性患者が、ベッドの横にずり落ちて拘束帯で腹部を締めつけられ、転院先で腸管破裂により死亡した。男性看護師が逮捕され、有罪となった。

 

 

5.「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」を絶対に許してはならない

  2018年6月21日、参議院議員会館で「精神科医療の身体拘束を考える会」主催の緊急集会が開かれた。この集会は日本精神科病院協会の山崎会長の「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という信じがたい言葉を受け、開催された。この発言は全国の精神科病院の団体の機関誌の巻頭言であり、おおもとの発言者は山崎会長の病院の「行動制限最小化委員長」である。

 

 会の冒頭で長谷川利夫さんは、「言論の自由は守られなくてはいけない。しかし、この発言は倫理性・客観性を無視した反知性的な発言。我々はこの問題にたいして知性をもって取り組んでいかなくてはいけない」と警鐘を鳴らした。また、弁護士の佐々木信夫さんは「精神科病院に入院している人たちが一番信用したい、または信用せざるをえない精神科医が本音か冗談かはわからないが、このような発言は許しがたい」と主張した。

 

6月21日の院内集会では、精神障害当事者の立場に立つ人々から極めて重大な報告があった。彼らが明らかにしたい隔離・拘束の実態は、違法な拘束・隔離と隔離・拘束が急増している原因の2点である。2016年11月より国立精神・神経医療研究センターが、「精神病床における身体隔離・拘束に関する大規模調査」を実施することになった。隔離・拘束を使用しないための工夫を選択するという調査項目をみて、当事者の人々は驚いた。1.ETC治療(電気ショック)の導入、2.クロザビン治療の導入、3.モニター設置、4.CVPPP(CVPPPとは患者が暴れた場合、看護職員が合気道とか柔道等の技を駆使して安全に取り押さえること)の導入、5.セルフコントロールに関する心理教育の実施、6.介助目標設定の際の患者の参加、7.頭部プロテクターの装着、8.転倒・転落のリスク評価と予防、9.センサーライトを足元に設置、10.部屋の場所の調整(ナースステーションに近いところに入れる)、こうしたことが挙げられていた。その後、1.電気ショック治療の導入、2.クロザビン治療、3.CVPPDを含む合計6つの選択肢は削除された。ところが、2017年9月17日、日本精神科病院協会(以下日精協と略す)は協会会員病院に対して調査に協力しないように求めた。日精協はこの調査に協力しないことを決定した。

 

日精協は当時から「精神科医療安全士」(つまり「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」に通じる制度)という資格の導入を求めていた。

 

 2017年11月、修正調査票(案)が示され、研究協力者間では大筋の合意が得られたが、川田龍平参議院議員と「精神科医療の身体拘束を考える会」から「国会審議の内容と異なる」という指摘を受けて、厚生労働省は、国立精神・神経医療研究センターに調査票の全面的書き直しを依頼した。

 

 こうした遅延を受けて、身体拘束大規模調査の一部は実態把握の部分を平成30年度厚生労働科学研究「精神障害者の地域生活支援を推進する政策研究」とし、代表研究の班長に、松田ひろし氏という日精協の副会長がなったのである。

 

 このように患者と利益相反する日本精神科病院協会が優遇される現実がある一方、内閣府障害者政策委員会では、第一期には知的障害、精神障害のある当事者が参画していたが、第二期から欠員が2名あるにもかかわらず、知的障害、精神障害のある当事者は選ばれていない。国や精神科医が理不尽にも「重度かつ慢性」という「精神科病院での長期在院者の中で機能障害が原因で退院、地域移行ができない人々」という定義や基準を作り、社会的入院者の地域移行の問題が放置されていたり、相次ぐ精神医療での死亡事故、そして2016726日に起きた相模原障害者殺傷事件があったにもかかわらずだ。この露骨な国や精神科医の差別性に怒りを感じ、強く抗議する。

 

  6.患者中心の精神医療をめざして

  2006(平成18)年12月、国連総会において障害者権利条約が採択された。そしてわが国も2013(平成25)年批准し、2014(平成26)年発効した。わが国では日本国憲法を頂点として、国際条約は憲法と一般法の中間に位置する。原則的に批准し発効した条約と乖離した法制度を改正しなくてはならない。

 

 障害者権利条約は「この条約は、障害のある人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し及び確保すること、並びに障害がある人の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする」(第一条目的)と謳っている。第2条では、障害に基づく差別とは「障害に基づくあらゆる区別、排除または制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、他の者との平等を基盤としてすべての人権および基本的自由を認識し、享有しまたは行使することを害しまたは無効にする目的または効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含むあらゆる形態の差別である」と定義される。一般的原則はa,固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む)及び個人の自立の尊重b.被差別c.社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョンd.差異の尊重、並びに人間の多様性の一環、及び人類の一員として障害の受容e.機会の平等f.アクセシリビティg.男女の平等h.障害のある子どもの発達しつつある能力の尊重、及び障害のある子どもがそのアイデンティティを保持する権利の尊重、である。障害者権利条約を徹底させるために、締結国は国内的および国際的なモニタリング機構を設置すること(第33条)という条文も設けられている。

 

 障害者権利条約14条では『障害を理由にして自由を剥奪することは認めない』規定されている。何故一般市民は強制入院させられないのに、精神障害者だけ強制入院させられるのかという差別性を障害者権利条約14条は指摘しているのである。

 

 障害者権利条約12条では、人間の判断能力、法的能力はみんな平等としている。人間の判断能力に違いがあるように見えるのは、実はその人がどのくらい社会的な支援を受けているか。充実した社会的支援を受けている人はよく考えてよく決めることができるが、孤立して貧しい資源しか持っていない人はよく考えることができないし、よく決めることができない。だから能力が高そうな人と低そうな人がいるのは、実は障害者権利条約の視点から考えると、その人に精神障害があるからとか、知的障害があるからということではなくて、その人がいかに豊富な社会的な支援システムに守られているのか、あるいはそこから阻害されているのかという違いとして理解すべきだと示唆している。

 

 判断能力がないと判定する前提としては、十分な自己決定支援が尽くされていることが極めて重要である。障害者権利条約では、判断能力が乏しいといわれる人たちほど社会的な判断能力支援のシステムから疎外されているのであり、経験を積んだり、知識を蓄積したり、あるいは相談できる仲間をたくさん持ったり、そういうことをもっと補充して充実させることが、障害者権利条約12条の前提として求められている。

 

 そして障害者権利条約の19条は「自立した生活および地域社会へのインクルージョン」についての権利を定めている。「障害のあるすべての人に対して、他の者と平等の選択の自由を有しつつ地域社会への障害のある人の完全なインクルージョンおよび参加を容易にするための効果的かつ適当な措置をとる」こととされている。19条の実現に向けて障害者に保障される権利を以下に示すとa.障害のある人が他の者との平等を基盤として居所及びどこで誰と住むかを選択する機会を有すること、並びに特定の生活様式で生活することを義務づけられないこと。b.障害のある人が、地域社会における生活及びインクルージョンを支援するための並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居宅サービスその他の地域社会支援サービス(パーソナル・アシスタンスを含む)にアクセスすること。C.一般住民向けの地域社会サービス及び設備が、障害のある人にとって他の者との平等を基盤として利用可能であり、かつ、障害のある人の必要に応ずること。(以上、訳文は川島聡・長瀬修訳による)。

 

 わが国の精神障害者施策の隔離収容主義や知的障害者施策の入所施設中心主義を変革させるために、障害者権利条約を梃にして障害者の地域自立生活支援システムを構築することが可能になったのだ。

 

 長い間、精神科病院や施設での生活を強いられてきた精神障害のある人々は、人生の大切な時間を隔離収容主義の精神保健福祉施策に奪われてきた。そして極めて劣悪で受動的な環境に置かれてきたために、自らの感情や希望や目標が明確化できなくなっていることが多い。それゆえに精神障害がある人々が重い無力感に悩みながらも、様々な主張や視点を必死に、積極的に発言していくことは、それ自体で大変意義深い営みである。その極めて日常的で、平凡な営みを重ねていくことこそ、新しい展開を導く道筋であるに違いない。

 

 私はひとりの自立した人間であることを主張したい。精神障害者にも知的障害者にも自由と責任を返してほしい。私の人生の主人公は私自身である。患者中心の精神医療の実現こそ、私のような当事者ソーシャルワーカーも含めて、専門職・支援者の責務である。

  

7.自分の足元の問題としてかかわること

  具体的に今、悩んでいることは、30年間、19歳から50歳まで精神科病院に入院していたAさんのことだ。Aさんは57歳の女性だ。こらーるたいとうが設置運営しているグループホームに入居予定で、すでに試験外泊を4回したところだ。Aさんは30年間の社会的入院のあと、4年間ほど、アパート単身自立を経験した。その後、グループホームを経験し、今また入院中だ。Aさんは、水戸街道だろうが、横丁だろうが、信号機とか横断歩道とかを無視する。危なくてならない。職員は止めてくれるが、私としては職員を巻き添えにはできない。私はごくあたりまえのことをAさんに伝えた。「あなたが水戸街道に飛び出しても、私は後を追わないし、職員にも後を追わせない。交通ルールを守り、自分の命は自分で守ってください」。

 

なるたけ普通の、よい人間関係をAさんと築いて、Aさんの地域移行・定着支援をお手伝いしていきたい。

 

 

参考文献

 原昌平:精神科権利擁護活動意見交換会(九州+大阪)参考資料,2018713.

 長谷川利夫:精神科医療の隔離・身体拘束,日本評論社,2013.

 精神科医療の身体拘束を考える会:2018621日院内集会記録

 加藤真規子:社会的入院から地域へ‐精神障害のある人々のピアサポート活動‐,現代書館,2017

 


P6P8

 

津久井やまゆり園、障害者虐待防止法、優生保護法

 

大曽根 清美

 

726()

 

よこはまで、つくいやまゆりえんのいろいろな、はなしをききました。

 

 727()

 

こうせいろうどうしょうで、じぶんのはなしをしました。

 

みんなのまえで、はなしをしました。そして、みんなで「しょうがいしゃぎゃくたいぼうしほう」をかいせいしてください、とつよくうったえました。

 

 728()

こまばのとうだいに、ゆうせいほごほうの、はなしをききにいきました。


 

~優生保護法について印象に残ったこと~

 

          

 

平成3088日 メンバー C.M

 

 

 

727日(土)、台風が近づいていたなか、みんなで東京大学・駒場まで優生保護法強制不妊手術の被害者の方々の講演会に行ってきました。以前テレビのニュースで障碍者の強制不妊・人工妊娠中絶手術事件を知ったのがきっかけでこのお話に関心を持ち始めました。いろんな人たちの体験談を聞くたびに心が苦しくなり、命について改めて色々と考えさせられる貴重な機会でした。 そして、障害があっても健常者と同じように自分の愛する人と結ばれて子どもを産んで幸せに暮す権利があると思います。

 

 

 


 

新人のごあいさつ

 

髙橋良憲

 

みなさま、はじめまして。

 

81日より、こらーるたいとうへ入職しました、髙橋良憲(たかはしよしのり)と申します。出身地は千葉県松戸市で、片道1時間かけて、電車を3本のりつぎ通勤しております。入職してからまだ日が浅く、慣れないこともあり、いろいろとミスをしてみなさまにご迷惑をおかけすることもありますが、力を入れすぎないようにがんばりたいと思います。

 

どうぞよろしくおねがいいたします。

 


 

こらーるたいとう社会見学

 

工藤恵

 

 

 

プラスチョイス→+choice

 

731日(火曜日)に下町の青戸にある作業所の「カフェ」へこらーるの皆でランチを食べに行きました。メンバーのМさんが現地の駅で合流をして、案内をしてくれました。少し遠くに感じましたが、とても明るく広く見えて皆はカレーを食べ、わたしはピザトーストを食べジュースを飲みました。色々なパンと手作りの作品などもあり、ランチも美味しかったです。

 

その後、地域活動支援センターなぎも見学させていただきました。和室もあり、落ち着く場所でした。また今度は前のお店でかき氷を食べる事も出来ました。美味しかった。

 

場所も色々沢山お店もあり、とても良い所だなと思いました。また皆でこらーるへかえってきました。分かち合いをして解散しました。とても良い見学になりました。

 


 

「プラスチョイス」に見学に行って

 

K

 

 

 

731

 

7月最後の日暑い日だった!

 

照りつける暑い中青戸へと向った。

 

青戸駅を降りると街だった!

 

賑やかだった。

 

 

 

こらーるカフェと同じB型支援のカフェに見学をしに行った。

 

そのカフェは「プラスチョイス」というカフェで開放感ある

 

明るいお店でした。

 

ランチはカレーが主で4種類のカレーがありました。

 

私はビーフカレーを頼みました。

 

サラダが2種類付いてきて味の違うドレッシングでとても美味しいかった。

 

こらーるカフェでは出していない味だったのでよく覚えている。

 

味は南蛮漬けのような味だった。

 

地域活動支援センター「なぎ」

 

地域の人が集う場所に連れて行ってもらいました。

 

おそば屋さんの跡地らしく風情がありました。

 

わきあいあいとしていているのだな~と思いました。

 

そこに行けば誰かが居てくれていつも誰かと話しができる場所でいいな~と思いました。

 

青戸は精神的に安らげる地域だと思いました。

 


 

社会見学

 

綱嶋

 

 

 

プラスチョイスでいろんな食堂の中で利用者さんが働いている。

 

服装が綺麗で店の中も綺麗でちゃんと掃除が行き届いていた。

 

地域活動支援センターの「なぎ」も利用者さんがテレビがあって和やかな感じだ。

 

騒がしくもなく静かだったので平和的な感じがしていいな、と思いました。

 


 

プラスチョイスを見学して

 

Y.T

 

 

731()B型作業所「プラスチョイス」と「地域生活支援センター」に見学に行きました。ランチを皆で頂きました。カレーの種類も4種類と多く、副菜もサラダが2種類あり美味しかったです。制服や帽子が揃っていることや、店内も明るくガラス張りで入りやすい雰囲気が良かったなと思います。向かいにA型作業所もあるので、B型からのステップアップがスムーズにいくので、メンバーさんにとっても就労に向けての意欲も出てくるのではと思いました。

 

地域活動支援センターの見学では、もともとは「蕎麦屋」だったということを聞き私の雰囲気で落ち着く場所だなぁと感じました。来たい時に来れる場所で、夕食会などもあることで、仲間と会って話せる場所があるということが良いところだと思いました。

 

最後に、とても暑かったのでかき氷を食べて体を冷やすことができました。

 


 

「万引き家族」を見て

 

尾木眞也

 

 

平成30710日(火)に池袋のシネマサンシャインにカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「万引き家族」を見に行きました。

 

万引きで生計を立てている家族の話かと思っていましたが全く違う映画でした。

 

両親のDV被害にあっている少女が道端にいるのを主人公の家族の人が自分たちの住む家に連れて帰るところから始まります。そして最後にDVをしている両親の元に帰された少女のアップで終わる映画でした。

 

前半は色々個々に問題を抱えてはいますが貧乏ながら和気藹々と暮らす家族の姿を描きます。万引きもその一つです。

 

しかしその家族は他人同士の疑似家族だということが少年の万引きの失敗(DV被害の少女を救う為にわざと失敗します)によって分かってしまいます。

 

後半は離れ離れになった元家族の姿を描いていきます。

 

詳しいことはあまり書けませんが、色々と伏線が張り巡らせながら本当の家族とはいったい何を持って家族と言えるのか考えさせられました。

 

是枝監督は少年少女を描いたら定評のある監督ですし、また二人と共演する個々の俳優もとても良い演技をしていたと思います。

 

派手な映画ではありませんがじっくりと自分を問い直し、考えさせられる作品でした。

 


こらーるだよりの6月号も掲載予定です。

ただいま準備中です。

2018.9.28